天王寺寺町(読み)てんのうじてらまち

日本歴史地名大系 「天王寺寺町」の解説

天王寺寺町
てんのうじてらまち

[現在地名]天王寺区六万体ろくまんたい町・夕陽丘ゆうひがおか

生玉寺いくたまてら町・生玉筋中寺いくたますじなかてら町の南にあり、南北方向の谷町たにまち筋と、東西方向の口縄くちなわ坂に面する。禅宗一三寺・天台宗一寺からなる。形成時期は不明だが、禅宗のうち天瑞てんずい寺は建久年間(一一九〇―九九)浄春じようしゆん寺は嘉禎三年(一二三七)国恩こくおん(もと安住寺と号する)は元亀元年(一五七〇)鳳林ほうりん寺は天正一六年(一五八八)珊瑚さんご寺は文禄二年(一五九三)法岩ほうがん寺は寛永五年(一六二八)吉祥きちじよう寺・昌林しようりん寺は同七年、春陽軒しゆんようけん梅旧ばいきゆう院・洞岩とうがん寺は同九年、天台宗天鷲てんしゆう寺は同一一年の開基と伝え(天王寺区史)、天王寺寺町は寛永年中に完成したと推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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