天神御所跡(読み)てんじんごしよあと

日本歴史地名大系 「天神御所跡」の解説

天神御所跡
てんじんごしよあと

菅原家の邸宅跡で、その地点を「拾芥抄」は「高辻北、西洞院東、洞院面」と記し、付図東京図は、五条坊門南、高辻小路北、町尻小路西、西洞院大路東の方一町を示す。この方一町は現菅大臣(かんだいじん)町・本柳水(ほんりゆうすい)町・堀之内(ほりのうち)町・岩戸山(いわとやま)町の各一部分を含み、紅梅殿(こうばいどの)の南側になる。

「菅家文草」に収める寛平五年(八九三)の「書斎記」に次のようにある。

<資料は省略されています>

続いて「余為秀才之始、家君下教曰、此局名処也、鑽仰之間、為汝宿廬、(中略)運書籍以安之」と記され、菅原道真が父是善から由緒ある書斎を譲られたもので、道真以前より菅原家の邸宅であったことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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