天谷陣屋跡(読み)あまだんじんやあと

日本歴史地名大系 「天谷陣屋跡」の解説

天谷陣屋跡
あまだんじんやあと

[現在地名]朝日町天谷

天谷の南端西側山麓にあり、陣屋屋敷(じんややしき)の通称が残る。旗本小林権大夫の所領を支配した陣屋跡。小林家の所領は代々武蔵国多摩(たま)・橘樹(たちばな)両郡にあったが、正徳四年(一七一四)四代正与の妹殺害事件が発端で知行所農民と確執が生じ、越前国丹生郡内に所領替が行われた(寛政重修諸家譜)。その領分は天谷、宿堂(しゆくどう)・別所(べつしよ)(うち五〇石)・水谷(みずたに)・下一光(しもいかり)(現福井市)の五村三〇〇石余であったが、のち天谷・下一光の二村を除いて三村二八〇石余に減じた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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