本寺を離れて,僧侶や聖(ひじり)が在住・寄住して宗教生活を行う宗教施設およびそれを含む一定の土地を別所という。こうした別所以前に,〈別墅(べつしよ)〉と表記して別荘を意味したり,八大地獄それぞれに付随する小地獄を意味する別所の例もある。しかし,ほぼ11世紀以後の別所は,一定の区画をもった土地とそこに建てられた堂宇,房舎などの施設とそこに在住・寄住する僧侶・聖とその宗教活動を包括したものになっている。
別所としては,比叡山延暦寺内の黒谷別所,高野山金剛峯寺内の東・中・新別所,天王寺別所などが名高いが,地方にも別所が造成されている。造成の場所は,特定寺院の領域内と寺院とは無関係な場所とに分かれるが,立地条件は空閑地,山林藪沢,荆棘の地と表現されるように,現作の田畑のない未開発の土地であることが共通している。別所の成立は,特定地域の占定およびその土地の開発(経済的基盤の獲得)と宗教的開発(施設の建立とそこにおける僧侶・聖の宗教活動)の達成を意味しよう。したがって,黒谷別所青竜寺,大原別所勝林院のように,別所も寺号または院号をもつが,地名を冠して呼ばれることが多かった。別所は,その土地を占有することによって生ずる経済的負担の一つである雑役(ぞうやく)を免除されることが多く,別所という呼称もこれに由来すると考えられる。別所造成の契機は,自行と化他に大別できようが,造成された別所は,この二つを兼ねることが多かった。
別所は,山城,近江,大和を中心に数多く存在するが,摂津・河内・和泉の畿内,伊賀・伊勢・三河の東海,信濃・越前の東山北陸,出雲・丹後の山陰,播磨・備前・備中・周防の山陽,南海の紀伊,西海の筑前・肥前・大隅・薩摩などに分布し,三河以西の現象とみられる。しかし,別所のなかには別所内外の人々の終焉の場として設けられた往生院と呼ばれる施設がある。近世初頭キリシタン宣教師編集の《日葡辞書》に別所を〈墓所〉としたのもこれに基づき,往生院を院号とした別所もある。往生院=別所とすれば,東国の甲斐・下野に往生院が存在したから,別所の分布はいっそう広域化する。
別所には,本寺を離れた僧や聖が居住して,特定寺院領域の外縁部にできた別所でも相対的自立性をもっていたし,寺院と無関係にできた別所はいっそうそれが強かった。別所在住の聖を別所聖とも呼ぶが,別所聖には同居していて同法と呼ばれたものと特定の聖の弟子とが共在している。また,諸国遊行(ゆぎよう)の聖の一時期寄住の場所としても別所の役割が考えられるし,ある別所にいた聖がそこを離れて新たに別所を造成した例もある。別所聖は,請われれば説戒・講経のためにでかけていき,化他の活動も行っている。別所自体の宗教的営為としては,不断念仏や迎講(むかえこう)の勤修(ごんしゆ)が多く,その他法華講,涅槃(ねはん)講,仁王講なども行われ,別所近傍の住民もこれらの営為のため別所に土地その他を寄進して結縁(けちえん)しているし,さらに忌日田などを寄進して没後の修善を別所に託した者もあった。
こうした別所は,ほぼ11世紀前半に現れ,院政期に多く造成されたが,13世紀ごろになると史料上からその姿を消していく傾向がみられたり,あるいは新たに別所が造成されるということがみられなくなる。これは,特定寺院領域内の別所がその寺院に吸収されて子院化されたり,寺院と無関係に造成された別所も近隣の寺院に包摂されたり,または強力な大寺により末寺化されたことの結果と考えられる。一方,別所の側でも,土地所有の安定性を求めたり,自立性を確保していくため権門の御願寺・祈願所となっていくことにより,別所の冠称を捨て,寺号・院号のみを称するようになっていったことにもよろう。既成教団から相対的自立性をもった別所の形成と活動は,院政時代の仏教運動のあらわれの一つであった。
執筆者:高木 豊
長野県東部,上田市別所にある温泉。単純硫黄泉,45~81℃。上田盆地南西端に位置し,三方を山で囲まれる。825年(天長2)に開かれたと伝えられ,古くは七久里(ななくり)の湯(七潜の湯)と呼ばれたと伝える。鎌倉時代に北条氏の直轄地になったため,付近には珍しい八角三重塔のある安楽寺や常楽寺など鎌倉文化の遺産が数多く残る。また温泉街中央につき出た愛宕山北麓の丘の上にある北向観音は,厄よけ観音として信仰が厚い。大湯,大師湯,石湯などの共同浴場がある。
執筆者:市川 健夫
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… ところで,無主の山,特に黒山(くろやま)や荒野は,有益・有利の地としての開発が求められ,開発者に私領主権が認められた。また,院政期には,無縁の聖(ひじり)等により,各地に数多くの別所が生まれた。これも,領主の許可をえて,無主の山や荒野を囲いこんで設けられたものである。…
※「別所」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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