太田上興野(読み)おおたかみごうや

日本歴史地名大系 「太田上興野」の解説

太田上興野
おおたかみごうや

[現在地名]豊栄市太田おおた朝日あさひ

福島ふくしま潟北岸にあり、西は太田興野城掛しろかけ新田とも称する。享保年間(一七一六―三六)新発田藩の福島潟開発により成立し、元文二年(一七三七)検地を受ける。宝暦四年(一七五四)幕府領となる。この時の町人請開発は村の潟端開発と競合した。同七年太田興野などと共同で飢夫食拝借を江戸まで願出ている(「仲間村々申合候一札」豊栄市役所蔵)。明和二年(一七六五)の水原組草高石現石書写(豊栄市役所文書)では高一三二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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