奥米村(読み)おくごめむら

日本歴史地名大系 「奥米村」の解説

奥米村
おくごめむら

[現在地名]君津市奥米

旅名たびな村の東、小糸こいと川の支流三間さんま川流域に位置する。南は清澄きよすみ山系の峰を越え安房国安房郡横尾よこお(現鴨川市)へ通じ、東は上総丘陵稜線を越え望陀もうだささ村へ通じる。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に村名がみえ、高三五石。寛永一八年(一六四一)から市宿いちじゆく村と同じく旗本曾根領。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では家数二〇。享保六年(一七二一)の炭焼出高書上(川俣家文書)によれば、当村の三馬さんま(谷)で江戸の加藤屋が運上金二一両余を支払い、当年二月から一二月までに炭を四千三八七俵焼き河岸出ししている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む