女塚郷(読み)おなづかごう

日本歴史地名大系 「女塚郷」の解説

女塚郷
おなづかごう

新田につた庄内の郷で、現新田・佐波郡界に位置。上女塚郷・西女塚村・南女塚村などに分れる。古くは「女墓」とも記し、「おおなづか」とよばれた。嘉応二年(一一七〇)新田庄田畠在家目録写(正木文書)に、「おなつかの郷 田二町六反廿たい」とある。

新田庄の開発領主である源義重の根本所領空閑の郷々の一で、仁安三年(一一六八)六月二〇日に義重妻を仲継相続者としてその子らいわうに譲られた(「新田義重譲状」長楽寺文書など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む