日本歴史地名大系 「境町」の解説
境町
さかいまち
利根川北岸の南北に長い舌状台地に所在。東は
「東国闘戦見聞私記」によれば天文二三年(一五五四)に下野の小山朝政軍が下総攻撃を開始し、「境、関宿を攻む可しと用意す。関宿城には長井上総介是に主たりける処に境は関宿の出張として家臣山村左太夫僅に五六十人にて守りけるが、小山か大勢に驚き矢の一筋も射ず関宿へ退き(中略)長井もヲメヲメと降参にぞ出たりけり」とみえている。
江戸時代は関宿藩領で、「寛文朱印留」には「境村」とある。猿島郡上郷に属し、高は寛文一一年(一六七一)の関宿領茂右衛門御代官場石高覚帳(松本好司文書)に「本高三百拾九石七斗四升八合 外ニ百拾八石壱斗七升九合 境町」とあり、合計四三七・九二七石。
境町
さかいまち
- 茨城県:猿島郡
- 境町
利根川東北岸に位置。町域は猿島台地と、かつての沼沢地(現在は水田)からなるが、おおむね平坦地。北は台地上に総和町・
明治二二年(一八八九)四月一日の町村制施行により猿島郡
境町
さかいまち
境町
さかいまち
- 群馬県:佐波郡
- 境町
佐波郡の東南端に位置。東は
境町
さかいまち
境町
さかいまち
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報