妙法寺城跡(読み)みようほうじじようあと

日本歴史地名大系 「妙法寺城跡」の解説

妙法寺城跡
みようほうじじようあと

[現在地名]武生市妙法寺町

日野川の西側、妙法寺山頂(二三五・一メートル)にあったという城跡。現在遺構はない。南北朝争乱期の南朝方の拠城で、「太平記」巻一九(新田義貞落越前府城事)に延元三年(一三三八)二月のこととして「瓜生越前守重・舎弟加賀守照、五百余騎ニテ妙法寺ノ城ヨリ馳下ル」とある。また暦応三年(一三四〇)九月日付石河頼景軍忠状(天野文書)の同月二三日に「松崎城妙法寺城、并楯籠脇屋(殿)平葺等焼払」とあり、この時落城したことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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