子内親王火葬塚(読み)ていしないしんのうかそうづか

日本歴史地名大系 「子内親王火葬塚」の解説

子内親王火葬塚
ていしないしんのうかそうづか

[現在地名]北区紫野西野町

船岡ふなおか山の北麓にあり、明治一三年(一八八〇)治定された円墳

内親王(郁芳門院)白河天皇の第一皇女(母は源賢子)。永長元年(一〇九六)八月七日、六条殿(跡地下京区)で二一歳で病死した。遺骸は八月一六日の夕方、船岡の北で火葬された後、上醍醐かみだいご(現伏見区)円光えんこう院に埋葬された(「中右記」同日条)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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