孔子堂跡(読み)こうしどうあと

日本歴史地名大系 「孔子堂跡」の解説

孔子堂跡
こうしどうあと

[現在地名]菊池市隈府

高野瀬たかのせ集落西方、菊池市老人福祉センターの構内に文明四年(一四七二)菊池重朝が孔子とその門人十哲の像を安置して文教を奨励し、釈奠の礼を行ったと伝えられる孔子堂跡の碑が建つ。地元では「ぐじどうあと」とよぶ。文明九年二月重朝が釈奠の礼を行ったとき、南禅なんぜん(現京都市左京区)の僧桂庵玄樹も参列し(地志略)、「太平奇策至誠中、春奠賁筵陪宮、泗水吹添菊潭碧、寒雲染出杏壇紅、一家有政九州化、万古斯文四海同、絃誦未終花欲暮、香煙撲袂画簾風」と賦している(島隠集)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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