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釈奠 せきてん Shi-dian

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

釈奠
せきてん
Shi-dian

孔子を中心にして祀る儀式。孔子とともに周公や弟子のうちのいわゆる「孔門の十哲」なども祀る。中国では民国の時代までこの儀式が主として春秋の2回行われた。同じく孔子を祀る儀式に釈菜 (せきさい) ,釈幣 (せきへい) といわれるものがあるが,釈奠が最も重視される。

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デジタル大辞泉の解説

おき‐まつり【×奠】

孔子を祭る儀式。 春》釈奠(せきてん)

さく‐てん【×奠】

せきてん(釈奠)

しゃく‐てん【釈×奠】

せきてん(釈奠)

せき‐てん【×奠】

《「釈」「奠」ともに、供え物を置く意》陰暦2月と8月の上の丁(ひのと)の日に孔子を祭る儀式。古代中国では先帝先師の祭りの総称であったが、後漢以来孔子とその弟子を祭る大典をいうようになった。日本では大宝元年(701)に初めて大学寮で行われ、室町時代には衰微したが、江戸時代に幕府・諸藩が再興、現在も湯島聖堂などで行われている。しゃくてん。さくてん。 春》「―や誰が註古りし手沢本/草城

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百科事典マイペディアの解説

釈奠【せきてん】

中国で孔子と周公,または孔子と顔回その他の弟子とをまつる祭礼。儒教が官学になった漢代から民国まで歴代行われてきた。時期は古代には四季の定期と臨時とがあり,魏のころから春秋2回になった。

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世界大百科事典 第2版の解説

せきてん【釈奠 shì diàn】

中国,古代の学校において,食物や酒をささげて聖人や先師を祭る祭礼。開学の際と,以後季節ごとに釈奠が行われる。祭祀の対象は,蒼(倉)頡(そうけつ),周公,孔子などのほか,それぞれの学校の先師たちであったが,後世には孔子と弟子たちが中心となる。また春の入学に際し萍蘩(ひようはん)の類をそなえて聖人や先師を祭るのを釈菜(せきさい)(あるいは舎采)という。釈奠には牛や羊がささげられるのに対し,野菜をささげる釈菜はより軽い礼だとされる。

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大辞林 第三版の解説

おきまつり【釈奠】

せきてん(釈奠) 」に同じ。 [季] 春。

さくてん【釈奠】

しゃくてん【釈奠】

せきてん【釈奠】

〔「しゃくてん」 「さくてん」とも〕
古代中国で、先聖先師をまつること。後漢以後は孔子とその門人をまつるようになった。
日本で、陰暦2月・8月の上の丁ひのとの日に孔子と孔門十哲の画像を掲げてまつる儀式。朝廷の儀式は律令時代に始まり、室町時代に途絶えたが、江戸時代、幕府・諸藩が再興。東京都文京区の湯島聖堂では今日まで続く。おきまつり。 [季] 春。 《 -や誰が註古りし手沢本 /日野草城 》

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

釈奠
せきてん

孔子(こうし)の祭り。牛や羊などの犠牲(いけにえ)やいろいろな供物を捧(ささ)げて祀(まつ)る。古代中国では舜(しゅん)、禹(う)、文王などを先聖、高徳の人を先師として祀ったが、漢、魏(ぎ)以後は、周公と孔子、あるいは孔子と顔回(がんかい)を祀るようになり、明(みん)の嘉靖(かせい)(1522~1566)以後、孔子のみ祀ることを釈奠という。1914年(民国3)祀孔(しこう)と改称された。古く学校、山川、廟社(びょうしゃ)で随時行われたが、246年(魏の正始7)春秋の二季とされ、北斉(ほくせい)には春秋二仲(2月・8月)となり、隋(ずい)からは両月の上丁(じょうてい)(初めの丁(ひのと)の日)に固定した。これによって丁祭、上丁祭ともいう。釈奠より軽い祭りとして釈菜(せきさい)(主として野菜の類を供える)、釈幣(せきへい)(幣帛(へいはく)を供える)がある。[田中 有]

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世界大百科事典内の釈奠の言及

【シカ(鹿)】より

…【千葉 徳爾】
[食用]
 捕獲しやすく,かつ,美味のゆえであろう,日本人は古くから鹿を好んで食べたようで,縄文遺跡の出土例でも鹿は猪を上回って,哺乳類中の最多を示している。《延喜式》には2月,8月の釈奠(せきてん)祭の料として,干肉,塩辛のほか,羹(あつもの)などに用いる肉や内臓の名が見え,《今昔物語集》巻三十には〈煎物ニテモ甘シ,焼物ニテモ美キ奴〉ということばがあり,平安期以降おおむねそうした食べ方がされていたようである。江戸後期の儒学者羽倉簡堂の《饌書》によれば,鹿は冬が美味で,胸肉がもっともよく後肢がこれにつぐとされ,料理としてはすき焼風のなべ料理が歓迎されるようになっていた。…

【中国】より

…儒教はしばしば中国の国教といわれるが,しかしキリスト教が欧米諸国の国教的地位を占めており,イスラム教がイスラム諸国の国教であるのとはおもむきが異なる。それは,その教義を絶えず説ききかせる聖職者をもたず,教徒がつねに信仰を確かめるための教会をもたず,礼拝の儀式も,官の主催する孔子廟の釈奠(せきてん)の祭りと児童の入塾の際の叩頭礼くらいのほか,ない。他教徒に対してそれを異端邪教として迫害,殺戮したこともないし,国家に対抗して教会として起ちあがり抗争を試みるということもなかった。…

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