安威庄(読み)あいのしよう

日本歴史地名大系 「安威庄」の解説

安威庄
あいのしよう

古代の島下しましも郡安威郷の地に立庄された庄園で、江戸期の安威村一帯を庄域とした。文治四年(一一八八)正月一一日、関白九条兼実が安井あい庄にある藤原宗頼の庵室に宿しており(玉葉)、当庄は九条家領であったとも考えられる。永徳二年(一三八二)六月日付の前参議藤原朝臣寄進状(地蔵院文書)によると、安威庄下司職が西山にしやま地蔵院(現京都市西京区)に寄進されており、前参議藤原朝臣を藤原長宗とすると、当庄下司職は宗頼の子孫に相伝されたことになる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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