安弘見神社(読み)あびろみじんじや

日本歴史地名大系 「安弘見神社」の解説

安弘見神社
あびろみじんじや

[現在地名]蛭川村 中切

和田わだ川左岸の中切なかぎりにあり、かつては天王様として親しまれた牛頭天王社であったが、明治二年(一八六九)神仏分離令により、安弘見神社と改号され、境内にあった薬師堂は処分された。祭神は素戔嗚命で、旧村社。慶長一九年(一六一四)の棟札が残る。廃仏毀釈までは蛭川村住民のほとんどは、今洞いまぼらにあった金剛山宝林ほうりん寺の檀家であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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