安曇田庄(読み)あずみだのしよう

日本歴史地名大系 「安曇田庄」の解説

安曇田庄
あずみだのしよう

興福寺領荘園であり、常楽会料所である。延久二年(一〇七〇)の興福寺雑役免帳の添上郡に「安曇田二町五反 常楽会免田」とある。その条里(括弧内は坪数)は、六条一里(四)、七条一里(五)である。この条里によると、安曇田(庄)所在は現伊豆七条いずしちじよう町に比定される。

延久以後については、簡要類聚鈔(京都大学蔵一乗院文書)に「安曇田庄」がみえるので、興福寺一乗院領荘園になったと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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