安治川上二丁目(読み)あじかわかみにちようめ

日本歴史地名大系 「安治川上二丁目」の解説

安治川上二丁目
あじかわかみにちようめ

[現在地名]福島区野田のだ四丁目

安治川上一丁目の南西に続く安治川北岸沿いの細長い町で、北は下福島しもふくしま村・安井九兵衛やすいくへえ請所。町の西端から九条くじよう島に沿って淀川の旧河道であるさか川が流れ、対岸安治川北あじかわきた一丁目(現此花区)との間には蘆分あしわけ橋が架かる。「宝暦町鑑」には一丁目の「西ノ丁、西はあしわけばしまで」とある。町の成立は安治川上一丁目に同じ。元禄元年(一六八八)新堀しんほり二丁目と称し、同一一年に安治川上二丁目と改称(初発言上候帳面写)。大坂三郷天満組に属し、同一三年三郷水帳寄帳では家数二〇、役数二〇役でうち年寄分一役が無役。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む