日本歴史地名大系 「安賀里城跡」の解説 安賀里城跡あがりじようあと 福井県:遠敷郡上中町安賀里村安賀里城跡[現在地名]上中町安賀里丹後街道に沿う標高一四七メートルの山頂にあった中世末期の山城。山頂からは同街道を眼下にし、郡境の倉見(くらみ)峠を扼する。「若狭郡県志」に「上中郡安賀庄村山頭有粟屋式部丞出城之跡矣」とあり、粟屋氏の山内(やまうち)城の出城であったらしい。城の守将は確定できないが、城跡の南側谷間にある諦応(たいおう)寺に永正一五年(一五一八)粟屋右馬允親家から田畠山林が寄進されており(箕面市岡本義勝氏蔵文書)、諦応寺は同氏の菩提所であったと伝えるので、粟屋親家であった可能性が強い。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by