家浦庄(読み)いえうらのしよう

日本歴史地名大系 「家浦庄」の解説

家浦庄
いえうらのしよう

建長五年(一二五三)の近衛家所領目録案(近衛家文書)に近衛家が庄務権をもつ「庄務本所進退所々」の一つに庄名がみえ、「一乗院僧正御房」すなわち奈良興福寺の一乗(いちじよう)院門跡実信(近衛基通子)が預所または領家として知行していた。「大乗院日記目録」によれば、文永四年(一二六七)一一月の春日社における祈祷始めに際し、近衛家祈願のための料所に充てられている。南北朝の動乱が開始すると、暦応二年(一三三九)二月に小豆島を占拠した佐々木信胤により押領され、解体したと伝える(別宮八幡宮縁起)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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