家田庄(読み)けたのしよう

日本歴史地名大系 「家田庄」の解説

家田庄
けたのしよう

遺称地は不明。羽咋郡の庄園で、承久三年(一二二一)九月六日の能登国田数注文に「家田庄 捌拾伍町六段七 永承□(元カ)年立券状」とあり、永承元年(一〇四六)の立券は能登国では最も早い。建久二年(一一九一)一〇月の長講堂所領注文(島田文書)によると正月元三の雑事として御簾二間・茣蓙一枚を課せられていた。他の長講堂領とともに宣陽門院に譲与された(応永一四年三月「宣陽門院領目録」八代恒治氏旧蔵文書)。文永一〇年(一二七三)に焼失した長講堂の再建・修理には、楊梅面築垣一本を負担(「六条殿修理料配分状写」同文書)。長講堂領は宣陽門院から持明院統に伝えられ、建武三年(一三三六)光厳上皇が伝領、入京した足利尊氏は早くもこれを保証している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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