改訂新版 世界大百科事典 「タコ」の意味・わかりやすい解説
タコ (蛸/章魚)
octopus
頭足綱八腕形目Octobrachiataに属する軟体動物の総称。潮間帯から深海帯まで分布し,マダコ科を中心に世界におよそ200~250種くらいすむと思われているが,分類の形質となる硬い組織に乏しいため分類が確立しておらず,確実な種数はつかめていない。日本近海には30~40種前後のタコが分布している。
構造
体は一般に筋肉質に富んでいるが,浮遊性あるいは深海性の種は柔軟で,あるものは寒天様である。体は,胴,頭,腕(足)の3部分からなる。外套(がいとう)膜は後端が丸い袋状で,その中には内臓がある。外套膜と内臓塊の間が外套腔で,そこに1対のえらがある。筋肉質の小さいひれを1対もつもの(有鰭(ゆうき)類=有触毛類)とひれをもたないもの(無鰭類=無触毛類)とがある。頭部には1対の大きな眼をもち,腹側には漏斗(ろうと)がある。漏斗は一種の総排出口で呼吸に用いられた水,排泄物,生殖物質,墨汁などがここを通って排出される。頭部との境は腹部に狭い開口があり外套腔に通ずる。腕は8本(4対)からなっていて,伸縮自在でほぼ同形。腕の口側には,1~2列の吸盤が並ぶ。吸盤はイカ類のものと異なり,筋肉のみからできていて,キチン質の環はない。有鰭類では,吸盤の列の外側に短い筋肉質の触毛列がある。タコ類の腕と腕との間は広いスカート状の傘膜(さんまく)になっている。腕の環の中央には俗に〈からすとんび〉といわれる大きくて鋭い顎板(がくばん)からなる口器があり,口腔内には歯舌(しぜつ)をもつ。
生態
タコはすべて雌雄異体で,雄は右または種によっては左の第3腕が,精莢(せいきよう)(精子を包むふくろ)を雌の外套腔に挿入する役をする交接腕に変形していて,先端は舌状ないしは葉状になっていて,対の腕より短いのがふつうである。アミダコ科やフネダコ科では雄は雌の1/20くらいの大きさしかない矮小雄(わいしようゆう)であるが,交接腕は長大で,先端がむち状になっており,精莢を渡すための交接に際しては交接腕は切れて雌の体内に残る。アミダコのこれを発見した近世の博物学者キュビエが,これをタコの外套腔内に宿る寄生虫と誤り,Hectocotylus octopodisと命名(1829)したところから,頭足類の交接腕を現代でもヘクトコチルスhectocotylusと呼ぶ。卵は通常柄についた卵囊に入れて産み出される。底生性のものはこれを海底や物などに産みつけ,フネダコ(タコブネ)類は雌の特殊化した第一腕から分泌した舟形の貝殻にいれる。深海性のある種では雌が傘膜内に抱きかかえその間は餌をとらない。マダコなどは海底や物に産みつけた卵に新鮮な水を吹きかけたり,ブラッシングをしたりし,孵化(ふか)まで餌をとることなくついには餓死する。
餌はおもに甲殻類であるが,他の軟体類(貝類)なども好む。タコの唾液腺にはこれらの餌を殺す,チラミンtyramineなどの毒を含み,なかでも熱帯太平洋に分布するヒョウモンダコは毒性が強い。人を攻撃することはないが,ときにはいたずらをしていてかまれた人が死ぬことがある。敵におそわれると墨汁囊から墨を吐く。タコの墨は,イカの墨が粘稠(ねんちゆう)性があり,自己の擬似像をつくり襲撃者の目をそらせるのに比べ,煙幕としての役をするらしいが,水槽内などでおびただしい量を吐き出すと弱ってしまう。深海性の種には墨汁囊はない。
底生性タコ類は,体を環境に似せて瞬時にして色を変えるのみならず,体の凸凹や彫刻まで変化させる。これは眼による測定が確かなことを示している。神経支配によるこの体色変化は何段階かの相変化の過程をとる。また,吸盤には化学受容能と触覚能とがあり,簡単な型の記憶ができる。タコの学習についてはこのほか,条件反射による実験も行われ,無脊椎動物としてはきわめて高い〈知能〉を有するとされている。
分類
タコ類は大別して有鰭類Cirrata(有触毛類)と無鰭類Incirrata(無触毛類)の2亜目に分けられる。前者はおおむね中層浮遊性で,肉ひれと触毛を有している。一般の目にふれることはまれな種が多いが,なかでもメンダコは,体が前後に押しつぶされたような奇妙な形のタコで,傘膜が広く,腕の遊離部分が短いためまるで円板状で,内臓囊も低く,水深100~1500mくらいの海底に近い中層を傘膜とひれをあおって静かに遊泳しているらしい。同様の体型をもつもので,日本近海にいるものではほかにセンベイダコ,オオメンダコなどが知られる。
一般になじみのあるタコは後者に属するタコで,肉ひれを欠き,腕に触毛もない。この中でも浮遊生活者と底生生活者がある。浮遊生活するものの中にはナツメダコ,クラゲダコのように体がほとんど寒天質で運動性の弱いものもあるが,アミダコ,ムラサキダコ,アオイガイ(カイダコ),タコブネ(フネダコ)のように比較的筋肉質の表層遊泳性のものもある。アミダコ,ムラサキダコおよびフネダコ科は前述のように極端な雌雄二型現象を示し,フネダコ科の雌は卵保育用の貝殻をつくる。これらはときに海流などにより海岸に漂着する。底生生活者はマダコ科で,マダコ,イイダコ,テナガダコ,ミズダコなどの水産上有用な種を含んでいる。最小の種は日本を含む熱帯西太平洋にすむマメダコで全長14cm(外套長2.5cm),最大種は同じく日本を含む亜寒帯北太平洋一円に分布するミズダコで,全長3m(外套長25cm)に達する。底生種は一般に筋肉質で,とくに岩礁性のマダコなどは筋肉が強く,水からあげても歩行ができるほどである。熱帯太平洋にすむシマダコやワモンダコは腕などに虹色胞(こうしよくほう)などからなる反射光の強い組織をもつので,一見発光するように思われているが,現在までタコの仲間で発光するものは知られていない。
底生性のタコ類は夜行性で,昼は穴に潜み夜外に出て餌をあさる。餌は巣穴にもち帰るか,または手近な穴に身を隠すかして食べる。この性質を利用した漁法が蛸壺で,タコの好みそうな容積をもつ入れ物をはえなわ式に海底に敷設する。以前は素焼きのつぼを用いたので〈蛸壺〉とか〈蛸がめ〉といわれたが,今はセメント製のものを用い,中にカニを餌としてつるしたり,タコが入るとふたの閉まるようなものさえある。小型のイイダコには小型のつぼや,アカニシなどの貝殻を利用したものを用いる。また,大型のミズダコには〈蛸箱〉と呼ばれる箱を用いる。このほか,砂泥底にすむタコはトロールなどの網漁具でもとられ,また〈空釣り(からづり)〉といって一種の擬餌針で釣る方法も行われている。日本では年間およそ5万tの漁獲量がある。
執筆者:奥谷 喬司
食用
タコは《出雲国風土記》に名が見える。《延喜式》には隠岐,讃岐,肥後から〈乾鮹〉や〈鮹腊〉が貢納されたことが見え,ほかに〈貝鮹鮨〉という名も見える。乾蛸はもちろん干物であるが,腊(きたい)も丸干しなので,乾蛸と蛸腊の違いははっきりしない。貝蛸鮨はイイダコのなれずしである。平安以後,饗膳の献立にしばしば焼蛸というのが登場するが,これは日本最古の料理書とされる《厨事類記》によると,タコを石焼きにして干したもので削って食べるものであった。近世初頭の《料理物語》には,タコの料理として桜煎(さくらいり),駿河煮,なます,かまぼこの名が挙げられている。桜煎は足を薄切りにし,だし汁でうすめたたまりで煮るもので,のちには桜煮と呼んだ。駿河煮はタコをよく洗って,そのまま桜煎と同じように〈だしたまり〉に酢を加え,いぼが抜けるほどよく煮込むとされている。なますは酢ダコであるが,タコのかまぼこは珍しく,ほかには見られないようである。タコの卵巣は〈藤の花〉と呼ばれた。白い小さな卵粒の連なっているさまがフジの花房に似ているための名で,わん種や酢の物にして珍重される海藤花(かいとうげ)はその塩蔵品である。
執筆者:鈴木 晋一
民俗,伝説
イカと全形が類似して吸盤をそなえた8本の足があり,丸くて頭とみなされる腹部をもつ点で,一種奇怪な擬人的生物としての感覚を起こさせるようで,漫画などでしばしばタコ坊主などとして扱われるほか,禿頭(とくとう)の人とか赤褐色の外皮から酔漢を連想させるあだなにもなっている。巨大なタコは伝説化して人をとる怪物のようにも伝えられた。また,蛇が海中に入ったものが変じて7本足のタコとなり人を襲うなどとも語られ,北陸海岸から北日本にかけてこの種の怪異談が伝えられている。また,タコはサトイモを食うことを好み,海岸の砂畠に栽培するイモを,6本の足を使って立って陸上を歩み,他の2本の足で土を掘ってイモを取っていくなどとも語られた。これは芋とタコとを煮たものが美味なところから生まれた戯話ではないかと考えられるが,近世の随筆や奇譚におりおり扱われた話題である。タコは飢えると自分の足を食って生き続けるという説もあって,利益が上がらず財産を処分しながら配当を続ける会社の行為を蛸配当などともいう。蛸壺の中にとじこもる性質などから連想された行動かもしれない。タコは形ににあわず美味なところから,これを食うことを禁じて自己の謹慎する誠意を示す意味で,タコを描いた絵馬を奉納して病気の治癒を祈願する風習があり,京都の蛸薬師はもと永福寺本尊で,現在は中京区の妙心寺本尊となっているが,薬師信仰としての治病祈願に,婦人病,小児病の治癒のためタコを禁ずるといって祈願するので名高い。形から妊婦がタコを食べると生まれた子がいぼができるとか,骨なしになるといって,妊婦の食物としては与えないようにすることも俗信として行われる。さらに子どもの夜泣きを止めるまじないとして薬師や地蔵に,タコの絵馬を奉納する例も各地に知られている。
→蛸壺
執筆者:千葉 徳爾 タコが自分の触腕を食べ,しかも食べた触手は再生するという俗信は,すでに大プリニウスの《博物誌》にも述べられている。そのためキリスト教世界では守銭奴の象徴となった。これは,交尾期に生殖器の役を果たす雄の触腕が雌の外套腔に挿入される現象から生じた説と思われる。タコは近づく魚を引き寄せて捕食するので,誘惑者や裏切り者,あるいは悪魔と同一視され,devilfishの名が一般化している。西洋では古くから海の怪物の伝説が存在したが,タコも《オデュッセイア》に語られる12本足と6頭の怪物スキュラSkyllaなどと混同された。さらに19世紀初めに博物学者ドニ・モンフォールPierre Denys-Montfortは,船を海中に引きずり込むという怪物クラーケンの正体を大ダコと断定し,〈地上で最大の凶暴な生物〉という恐しいイメージを定着させた。ユゴーはこれにヒントを得,《海で働く人々》(1866)で人間を襲うタコを描き,J.ベルヌやH.G.ウェルズも怪物としてのタコのイメージを作品に盛り込んでいる。吸盤や触腕の形からタコを好色のシンボルとみなすことも古来行われ,タコの肉は催淫作用をもつと信じられた。なお,タコを表す英語octopusなどは,ギリシア語oktōとpousの合成に由来し,原義は〈8本足〉である。
執筆者:荒俣 宏
たこ
胝腫(べんちしゆ)tylosisとも呼ばれる。皮膚の小範囲に限局した角質の肥厚,増殖で,靴があたるなどといった長期間にわたって反復する圧迫や摩擦などの機械的刺激によって生ずる。一種の生体の防御反応である。一般に角質が楔状に皮膚に杭を打ち込んだようになっており,まわりの皮膚がこれをとりかこんで魚の目に似るものを〈魚の目〉といい,〈ペンだこ〉〈座りだこ〉〈靴ずれだこ〉などのように局面状のものをたこと呼ぶが,両者は本質的には同じものである。かかとや手足の指にできることが多いが,スポーツ選手や職業によっては手掌やひじなどにみられることもある。圧痛があれば,かみそりで削ったり,スピール膏などのサリチル酸剤をはって,軟らかくしてから削るが,いずれは再発する。刺激をさけるようにくふうすることもたいせつである。たこは切除しても,反復刺激が加われば,同じ場所に再発し,瘢痕(はんこん)が硬くなって,かえって痛みが強くなることがあるので,切除しないほうがよい。足の裏のウイルス性のいぼは,つねに踏みつけられて盛り上がらず,魚の目ないしはたこと同じ外観を呈するので,区別して治療する必要がある。
執筆者:新村 真人
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報