宿毛道
すくもみち
土佐の宿毛(現高知県宿毛市)から宇和島へ至る道。貞享四年(一六八七)僧真念の「四国巡礼道指南」に、四〇番札所の平城山観自在寺(現南宇和郡御荘町平城)から四一番の稲荷山竜光寺(現北宇和郡三間町戸雁)への道を
<資料は省略されています>
と記す。満願寺は現北宇和郡津島町にある。この三経路は明治になっても変わっていない。
宿毛から現南宇和郡一本松町までの道は一筋である。宿毛トンネルが完成し国道五六号が昭和一〇年(一九三五)に開通するまでは、大深浦(現宿毛市)から上り一八町、下り二〇町といわれる松尾峠へ上った。土佐では元禄三年(一六九〇)の大定目に道番所の定ができて、西からの遍路は宿毛口のほかは出入国を禁じた。「遍路は其身之国手形見届、札所順路に候条甲浦口、宿毛口より入可申也。其外の道口は堅可差留、東西二ケ所之番所より添手形を出し出国の節、番人請取置通可申也」とある。宿毛口は松尾峠で、大深浦の番所は松尾番所といった。峠には高さ一・八メートル、幅二〇センチの二基の石標があり、それぞれ「従是西伊予国宇和島藩支配地」「従是東土佐国」と記すが、建立年はない。幡多郡訴諸品目録(橋田庫欣氏資料)によると、土佐石標は貞享五年四月七日、伊予石標は同四年三月に予土両国からの検分立会いで建立されたことになる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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