富根町(読み)ふねちよう

日本歴史地名大系 「富根町」の解説

富根町
ふねちよう

[現在地名]鰺ヶ沢町富根町

西はよど町、東は漁師りようし町に続く。

富根町は船町であり、弘前藩の御早船蔵が町の西端にあったという(鰺ヶ沢町史)。諸役勤務書(西津軽郡史)に「御船頭三人御早船三艘取扱申候」とある。文化二年(一八〇五)に町ができたといわれる(同書)。嘉永三年(一八五〇)の「東奥沿海日誌」に「舟町町長凡弐丁斗。小商人のミ也。又鍛冶屋、舟大工等有也」とある。明治初年の「新撰陸奥国誌」に「家数四十五軒。倉廩 町中北の方に在り」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む