富永城跡(読み)とみながじようあと

日本歴史地名大系 「富永城跡」の解説

富永城跡
とみながじようあと

[現在地名]飯高町富永 殿林

富永西部の山地中腹、標高二四〇メートルの地点にある。城跡は二五×五〇メートルの平坦地を中心として、西および北西部に小規模な切込みがみられ、一部に土塁と堀切を残している。天正五年(一五七七)北畠具親挙兵の際、織田方の日置大膳亮兄弟らによってまず閼伽桶あこう九十九曲つづらくまの両城が、続いてみね城が攻め落され、のち鳥屋尾将監が守る富永城も落ちたという(勢州四家記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む