富萢村(読み)とみやちむら

日本歴史地名大系 「富萢村」の解説

富萢村
とみやちむら

[現在地名]車力村富萢

屏風山びようぶさん砂丘北東の末端部に位置する。東は山田やまだ川が十三じゆうさん湖に注ぐ河口の部分にあたり、十三湖の南岸に接し、南は豊富とよとみ村へ続く。

万治二年(一六五九)頃工藤三十郎がこの地に来て開墾し、当時は泉山いずみやまとよばれていたという(車力村史)。「津軽信政公事績」によれば元禄一五年(一七〇二)山田川の改修工事が行われ、「津軽歴代記類」にはその後新田開発が大いに進んで農民も集まり、享保一一年(一七二六)富萢村と改められ、木造新田に属した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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