富蔵村(読み)とみくらむら

日本歴史地名大系 「富蔵村」の解説

富蔵村
とみくらむら

[現在地名]堺市富蔵

田中たなか村の北東に位置する泉北丘陵上の村。大鳥郡に属する。延長八年(九三〇)二月九日の日付をもつが鎌倉時代の成立と思われる鉢峯山長福寺縁起(法道寺文書)に、大鳥大明神の神徳を記したなかに「翔羽於稲持富倉日木野御殿」とみえる。応長元年(一三一一)一二月日の長福寺領免田等坪付并勘料伏料等注文(同文書)に三十講料田として「富倉くらヽ谷二反内 免一反勘料三百文 出一反伏料八百文 合一貫百文」とあり、そのほか御忌日料田・法華読誦料田に当地がみえ、長福ちようふく(現法道寺)の各種料田が散在していたことが知られる。中村結鎮御頭次第(奥野健一家文書)の正平二三年(一三六八)に「彦七富蔵」、至徳二年(一三八五)に「富蔵道泉」などとみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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