日本歴史地名大系 「富高手代所跡」の解説 富高手代所跡とみたかてだいしよあと 宮崎県:日向市富高村富高手代所跡[現在地名]日向市本町富高新町にあった日田代官所の手代所。豊後街道の西沿い、正念(しようねん)寺の北側に位置した。元禄五年(一六九二)延岡藩主有馬清純が越後糸魚川(いといがわ)(現新潟県糸魚川市)に移封。同年臼杵・宮崎・児湯(こゆ)・諸県(もろかた)の四郡で合せて三万石に及ぶ幕府領が設けられた。これらの幕府領を管轄するために手代所が置かれた。当初細島(ほそしま)町にあったが、建物の崩壊により元文二年(一七三七)富高新町に再建された。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by