出雲国造(いずものくにのみやつこ)の祖神。出雲(いずも)大社の祭神。大穴牟遅神(おおなむちのかみ)(大己貴神)、葦原色許男神(あしはらのしこおのかみ)、八千矛神(やちほこのかみ)、宇都志国玉神(うつしくにだまのかみ)などの別名がある。根(ね)の堅州国(かたすくに)(死者の国)の須勢理毘売(すせりひめ)ほか、八上比売(やがみひめ)、沼河比売(ぬなかわひめ)など多くの女性を妻とした。
記紀神話のなかでもっとも親しまれている神で、その代表的な話が「因幡(いなば)の白兎(うさぎ)」である。兄の八十神(やそがみ)たちが、八上比売に求婚するため旅立ったとき、一行の従者として従った大国主命は、だました鰐(わに)に皮をはがれて苦しんでいた白兎に、真水で体を洗い、ガマ(蒲)の花粉の上に転がっているよう教えて治してやる。その白兎が大国主命に、あなたは八上比売の心をつかむだろうと予言したため、八十神たちは大いに怒って、大国主命を手間(てま)の山の麓(ふもと)で焼き殺してしまう。しかし、貝の粉を汁(しる)で溶いたものを塗って復活した。母の教えにより根の堅州国へいった大国主命は、須勢理毘売と結婚して蛇の比礼(ひれ)などをもらう。さらに生大刀(いくたち)、生弓矢(いくゆみや)、天詔琴(あめののりごと)の三つの宝を手に入れ、地上の国へ帰って八十神たちを滅ぼしたのち、少名毘古那神(すくなびこなのかみ)の協力を得て国造りを始める。少名毘古那神が中途で去ってからは、大物主神(おおものぬしのかみ)の助けを借りて国造りを完成した。そののち、天照大神(あまてらすおおみかみ)の命令で、天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)が葦原中国(あしはらのなかつくに)(葦原の国)を治めるために高天原(たかまがはら)から降(くだ)ったとき、大国主命は子供の事代主神(ことしろぬしのかみ)や建御名方神(たけみなかたのかみ)と相談して、自分の御殿を天つ神の御子のものと同じようにつくってもらうということを条件に国譲りをした(古事記)。『日本書紀』には、国造りや国譲りの話はあるが、因幡の白兎などの話は欠いている。
さて、高天原が大和(やまと)朝廷を意味するのであれば、それに国譲りをした大国主命は、出雲の支配者であったことになる。したがって、大国主命が八十神たちを滅ぼして国造りをしたということは、つまり諸豪族を征討して出雲の支配者に納まったと同義に解釈できるであろう。古代においては、王は神の体現者でもあった。国を造った大国主命を、神の側からみれば、まさに創造神である。『出雲国風土記(ふどき)』などをみると、鉏(すき)で土を掘り起こすようにして国をつくったとある。『播磨(はりま)国風土記』などでは農業神ともされている。また、因幡の白兎や根の堅州国訪問の話にみられるように、彼は単に政治的な王であるばかりでなく、巫医(ふい)的な要素をもあわせもっていた。なお、因幡の白兎に似た話はインドネシアなどにもあるため、南方から伝播(でんぱ)し、大国主命の神話に結び付いて定着したともいわれる。
[守屋俊彦]
(神田典城)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報
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