寒江郷(読み)さむえごう

日本歴史地名大系 「寒江郷」の解説

寒江郷
さむえごう

奈良時代における射水郡の郷名。「和名抄」郷部には記載されない。天平勝宝四年(七五二)一〇月一八日付の調綿紙箋(正倉院蔵)に「越中国射水郡寒江郷戸主三宅黒人戸牒」とある。訓について、「和名抄」には同名の郷はないが、相模国高座たかくら郡の寒川郷の場合は「左无加八」(高山寺本)、「佐无加波」(東急本)とし、「万葉集」でも「寒」字を「左牟伎」(巻一四)、「佐牟久」(巻一七)、「佐牟志」(巻二〇)などと表記するので、奈良時代にはサムエの読みを妥当としたい。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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