小加礼井保(読み)こかれいほ

日本歴史地名大系 「小加礼井保」の解説

小加礼井保
こかれいほ

初見は永徳二年(一三八二)六月二五日上杉道合(憲方)書状(毛利安田氏文書)で、憲方から毛利憲朝に「越後国山東郡小加礼井保内知行分」を氷室真興へ渡付するよう命じている。氷室氏は至徳四年(一三八七)五月二一日この地を二五貫文で憲朝に永代売渡した(「氷室栄音田地売券案」同文書)。氷室氏は鎌倉鶴岡八幡宮の神官と思われる。以後この保は毛利安田氏に伝えられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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