小布施庄(読み)おふせのしよう

日本歴史地名大系 「小布施庄」の解説

小布施庄
おふせのしよう

布施川流域を中心とした現黒部市・魚津市にまたがる地域に比定され、室町期には禅院領庄園として伝領された。応永二〇年(一四一三)東寺造営のための棟別銭が越中国をはじめ五ヵ国に課せられたが、このとき小布施庄は足利氏の菩提寺であった等持とうじ(現京都市北区)領としてみえ、免除地とされている(同年一二月一一日「東寺造営料棟別銭免除在所注文」東寺百合文書)。また康正二年(一四五六)には造内裏段銭が諸国に課されているが、このときは免除されず一八貫二五文を負担している(造内裏段銭并国役引付)以後、等持院領として伝えるものとしては、文明年間(一四六九―八七)末と考えられる一二月一七日の吉見義隆書状(温故古文抄)があり、これによればこの頃滑川なめりかわとともに椎名氏の押領を受けている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 代官 前年

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む