小木曾村(読み)こぎそむら

日本歴史地名大系 「小木曾村」の解説

小木曾村
こぎそむら

[現在地名]丹生川村北方きたがた

小八賀こはちが川を挟んで町方まちかた村・坊方ぼうかた村の北対岸にある。東の殿垣内とのがいと村、西の下坪しもつぼ村とともに北方と称された。観応三年(一三五二)真壁光幹は忍阿弥陀仏との間で、常陸国真壁まかべ山田やまだ(現茨城県真壁郡真壁町)の在家と美濃国「小木曾庄下保」の在家一宇(田五段)を交換した(同年一二月二三日「相博状」真壁文書)。美濃国とあるが当地一帯と考えられる。慶長一〇年(一六〇五)飛騨国郷帳に村名がみえ、殿垣内村などとともに高付される。同一八年郷帳では小木曾村として一一一石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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