小知野村(読み)おぢのむら

日本歴史地名大系 「小知野村」の解説

小知野村
おぢのむら

[現在地名]武芸川町小知野

武儀川左岸に位置し、東は八幡はちまん村。中世には山口やまぐち郷の内とされ、枝郷ふちがある(新撰美濃志)。「濃陽志略」に淵ノ上は八幡村の村内に民居を興したとある。慶長郷帳に「おぢ野村」とみえ、高二四六石余。江戸初期には幕府領。元和五年(一六一九)尾張藩領となり、幕末に至る。正保郷帳では田高一五九石余・畑高八六石余・紙舟役一石余・山年貢一〇石。明暦覚書では概高三一三石余、人数二七二、馬一五。「濃州徇行記」によれば田畑二三町二反余、家数五八・人数二七九、馬一六・牛五。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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