小石川町(読み)こいしかわまち

日本歴史地名大系 「小石川町」の解説

小石川町
こいしかわまち

[現在地名]文京区後楽こうらく一丁目・春日かすが一丁目

明治五年(一八七二)に旧水戸藩上屋敷や同屋敷の南側で、水道すいどう橋から小石川御門を経て船河原ふなかわら橋下辺りまでの神田川北岸の士地を合せて成立した町。成立時には西は小石川仲こいしかわなか町・同大和やまと町・同諏訪すわ町・同新諏訪町、北は小石川上富坂こいしかわかみとみざか町・同西富坂町・同下富坂町、東は本郷元ほんごうもと町・小石川春日こいしかわかすが町、神田川を隔てて南は三崎みさき町二―三丁目(現千代田区)などで、旧小石川区地区の南東端部にあたった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む