江戸幕府および諸藩の職制の一つ。鎌倉時代に公事奉行人のうちで諸国年貢の受取り,勘定をする者を勘定の奉行人と称したが,室町時代の諸大名家に勘定奉行,勘定頭の名称が使われ,常置の職とされた。江戸幕府の勘定奉行は寺社奉行,町奉行とともに三奉行の一つで,評定所構成員である。勘定所の長官として幕府財政事務を統轄し,御料(幕府直轄領,天領)の支配と貢租徴収,全国の御料と関八州の大名・旗本領などの私領の訴訟を受理した。元禄ごろまでは勘定頭と称したが,その成立の経緯は必ずしも明らかでなく,幕府成立当初は老中が勘定奉行の職務を兼ね,実質は大久保長安や伊奈忠次がこれに近い役割を果たしていたようである。その後1609年(慶長14)松平正綱が会計の総括を命じられ,15年(元和1)奉書連署,諸士支配とともに勘定奉行兼務を命じられた。30年(寛永7)曾根吉次は関東勘定頭,ついで36年惣勘定頭となった。1635年幕府は年寄(老中)以下主要役職の管掌事項を制定したが,関東幕領と農民の訴訟は松平正綱,伊丹康勝,伊奈忠治,大河内久綱,曾根吉次の5人に月番による勤務を命じ,これがのちの勘定奉行の職掌とされる。42年金銀納方を職務の一つとしていた留守居のうち酒井忠吉・杉浦正友が国用査検,曾根吉次・酒井・杉浦・伊丹康勝が租税財穀出納を命じられ,伊奈忠治が勘定頭をゆるされた。この時点で農政部門と財政経理部門が合一し,留守居兼務の職務も勘定頭に一元化して勘定頭制が成立し,同時に伊奈は事実上の関東郡代となった。勘定所の属僚は勘定組頭,勘定,支配勘定で,勘定は38年上方,関東,作事方各4人が初めて置かれたというが,会計担当が決められたのであり,創置はこれ以前であろう。勘定組頭は64年(寛文4)初めて6人が置かれ,御殿詰,上方,関東方に分けられていたが,1723年(享保8)この区分は廃止され,勘定奉行による一元的代官統制が実現した。1721年勘定所職務は司法を行う公事方と財政事務を行う勝手方に分かれ,翌年勘定奉行,勘定吟味役も双方に分かれ2人ずつ1年交代で勤務した。公事方は役宅で,勝手方は御殿,下勘定所で執務した。23年勘定所は御殿が御殿詰・勝手方,下勘定所は取箇方(とりかがた)・伺方・帳面方に分課し,基本的には幕末まで変化しなかった。奉行同役の合議は内寄合,全勘定奉行の合議を総寄合といい大事を評議した。公事方勘定奉行の1人は道中奉行を兼務したが,1698年(元禄11)松平重良が道中奉行兼帯を命じられたことに始まる。公事方は民事,刑事の訴訟を取り扱い評定所へ出仕した。勝手方は租税徴収,金穀出納,普請,新田開発,検地,金銀銅山,貿易,知行割などの財務と民政を扱った。奉行の定員は4名で,ときに3~5名。老中支配で芙蓉間詰,役高3000石で従五位下に叙し,役料700俵,手当金300両支給を例とした。郡代,代官,切米手形改役,蔵奉行,二条蔵奉行,大坂蔵奉行,金奉行,漆奉行,林奉行,川船改役,評定所留役などを支配した。なお天保年間以後勘定奉行並・格が存在した。
勘定所文書の大部分は勝手方の文書・記録類で,勘定奉行支配下の代官所,預所や各役所から毎年提出される膨大な各種の勘定帳,成箇郷帳(なりかごうちよう),取箇帳,納払(おさめばらい)明細帳,村鑑帳,勤方(つとめかた)帳,勤方明細帳や,高帳,検地帳,人別帳,普請入用帳,免定(めんじよう)写,納札帳,諸証文および付属書類が所蔵され,1720-23年(享保5-8)の勘定所諸帳面の調査・整理では9万4200冊余を数えた。またこれらの書類に基づき作成した記録や,代官伺書に対する指令書などの勘定所文書もあったと思われる。しかし幕府の倒壊,徳川家の江戸退去にあたって処分され,多くは散逸したといわれる。わずかに大蔵省に引き継がれた文書も関東大震災など2度の火災で焼失し現存しない。この間,大蔵省はこれら引継史料を編集・修訳した《徳川理財会要》,その原書《日本財政経済史料》を出版,ほかに《大日本租税志》を公刊したにとどまった。国立国会図書館旧幕府引継書には勘定奉行書類はなく,国立公文書館内閣文庫には若干の関係史料があるが基本史料は少ない。徳川宗家(将軍家)文書は安政以後の幕末に限られ,徳川林政史研究所保管のものに1861年(文久1)の米・金銀の納払勘定帳2冊があるのみである。したがって勘定所文書はなんらかの機会に書写・抄録・編纂された史料が主体となる。編纂史料としては大蔵省編の前述3書のほか,旧幕臣勝海舟が維新前より収集した経済史料を編集し,大蔵大臣松方正義に提出した大蔵省編の《吹塵録》《吹塵余録》,勘定組頭向山源大夫が幕命により1838-56年(天保9-安政3)に編述した《誠斎雑記》,下勘定所支配勘定大田南畝が竹橋門内勘定所書庫古文書整理中に書写した《竹橋(ちつきよう)余筆》《竹橋蠹簡(とかん)》《竹橋余筆別集》などがある。近年,財政に関与した老中などの文書に職掌上入手した勘定所文書があるのが紹介され,享保期の大河内家記録,延享期の酒井家記録,幕末の井伊家史料・水野家文書が知られている。これら勘定所作成の財政記録には,取箇決定のため代官所,預所より提出の取箇帳に基づく〈御取箇相極候帳〉,石代値段決定のための〈三分一米銀納値段相極候儀申上候書付〉,収支決算の元払にする納払明細帳に基づき勘定所収支の大積を立てる〈御遣方大積書付〉(以上大河内家記録),代官所,預所年貢皆済後提出の地方勘定帳をもとに作成の全幕領の〈御代官幷御預所御物成納払御勘定帳〉(大河内家記録,酒井家記録,《吹塵録》ほか),地方勘定帳,御金蔵勘定帳の総計から代官所,預所現地入用収支を除いた幕府総収支決算簿となる〈金銀・米大豆納払御勘定帳〉(大河内家記録,《吹塵録》,徳川宗家文書,水野家文書)などがある。《誠斎雑記》の1716-1841年(享保1-天保12)の〈御取箇辻書付〉は幕領総石高,取箇額を記し,同じく1722-1836年の〈御年貢米・金其他諸向納渡書付〉は幕府総収支決算の数字とみられている。
執筆者:大野 瑞男
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江戸幕府や諸藩の職制の一つ。鎌倉・室町時代にも勘定奉行、勘定頭(がしら)の名称がある。江戸幕府の勘定奉行は、勘定所の長官として天領支配、貢租徴収、財政運営や天領と関八州の大名・旗本領などの訴訟を管掌し、寺社奉行・町奉行とともに三奉行の一つで評定所(ひょうじょうしょ)の構成員である。元禄(げんろく)(1688~1704)ころまでは勘定頭と称したが、成立の経緯は不明な点が多い。1609年(慶長14)松平正綱(まさつな)が会計総括を命じられ、15年(元和1)老中就任とともに勘定奉行を兼務した。1635年(寛永12)幕府は老中以下主要役職の管掌事項を定め、関東幕領と農民の訴訟は正綱、伊丹康勝(いたみやすかつ)、伊奈忠治(いなただはる)、大河内久綱(おおこうちひさつな)、曽根吉次(そねよしつぐ)の月番勤務とし、これが後の勘定奉行の職掌とされる。1642年金銀納方を職務の一とした留守居(るすい)のうち酒井忠吉(ただよし)、杉浦正友(まさとも)が国用査検、曽根、酒井、杉浦、伊丹が租税財穀出納を命じられ、伊奈は勘定頭を免(ゆる)された。この時点で農政部門と財政経理部門が合一し勘定頭制が成立した。奉行の定員は4名で、ときに3~5名。1721年(享保6)勘定所は公事方(くじかた)・勝手方(かってかた)に分かれ、翌年奉行も双方に分けられ1年交代で勤務した。老中支配で芙蓉間詰(ふようのまづめ)、役高3000石で従(じゅ)五位下、役料700俵、手当金300両支給を例とした。勘定組頭、勘定、支配勘定および郡代、代官、切米手形改役、蔵奉行、金奉行、漆(うるし)奉行、林奉行、川船改役、評定所留役(とめやく)などを支配。1698年(元禄11)松平重良(しげよし)の道中奉行兼帯以来、公事方勘定奉行の1人が道中奉行を兼務した。
[大野瑞男]
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江戸幕府の役職。勘定奉行・勘定頭の名称は室町中期以降各大名家でみられ,江戸幕府でも元禄年間までは勘定頭とよばれた。寺社奉行・町奉行とともに三奉行と称され,評定所の構成員。勘定所の最高責任者として幕府の財政一般を担当し,幕領の租税徴収事務のほか,全国の幕領と関八州の私領の訴訟を担当した。定員は4~5人で,うち1人は道中奉行を兼帯。江戸初期には老中がのちの勘定奉行の職掌を統轄し,その下に実力のある会計担当者がいたが,1642年(寛永19)農政と財政部門が合一して勘定頭制が成立した。役高3000石,のちに役金300両が給されるようになった。老中支配,芙蓉間(ふようのま)席。配下には勘定組頭・勘定・支配勘定などの勘定所構成員のほか,郡代・代官・蔵奉行・金奉行・漆奉行・川船改役などがいた。
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…評定所一座の勤務時間は朝卯半刻(午前7時ごろ)から夕申刻(午後4時ごろ)までであった。評定所で取り扱う事件は,公事出入(民事)では原告,被告の支配が異なる事件で,寺社および寺社領,関八州以外の私領からの出訴は月番の寺社奉行が目安裏判をして評定所へ送り,江戸町中からの目安には町奉行が,関八州の幕領,私領および関八州外の幕領からの出訴は勘定奉行が目安裏判をすることになっていた。詮議事(刑事)では,とくに重要な事件や複雑な事件,あるいは上級武士にかかわる事件を取り扱った。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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