小羽広村
こはびろむら
[現在地名]大内町羽広
芋川上流の山村。東は大羽広村、西は鹿爪村に接する。
慶長一七年(一六一二)の進藤但馬守某日野備中守某連署状に岩屋領の一村として村名が記される。寛永四年(一六二七)の高はわずかに一二石余、免三ツ三分(油利新沢ノ内川池八ケ所打直免定之覚)、正保三年(一六四六)には高一一石余で「水損所 かや山有」(「出羽国油利郡内高目録」秋田県庁蔵)と記される。天保郷帳には高六二石余とある。幕末に岩野目沢村肝煎松永藤九郎は、小羽広村に用水池を築いている(上川大内村郷土誌)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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