尻郷(読み)みかじりごう

日本歴史地名大系 「尻郷」の解説

尻郷
みかじりごう

瓶尻などとも記す。現三(み)ヶ尻(じり)に比定され、荒川左岸に位置する。寿永二年(一一八三)二月二七日の源頼朝寄進状(鶴岡八幡宮文書)によれば、「武蔵国波(幡)羅郡内尻郷」が鎌倉鶴岡八幡宮の新宮若宮に寄進されている。南北朝前期のものとみられる一一月一一日の頼仲書状写(福原新一氏所蔵文書)によれば、鶴岡八幡宮神官らが同社領の尻郷内高柳(たかやなぎ)村に対する地頭らの多年の押領を訴えており、現熊谷市高柳付近も尻郷内に含まれていたようである。応仁二年(一四六八)三月五日には、清水三郎二郎が鳥居御房に武蔵国内の「みかしり一円」などの旦那職知行分を永代売渡しており(「旦那在所注文案」熊野那智大社文書)、ここにも熊野修験の旦那組織が存在していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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