尾岐窪村(読み)おまたくぼむら

日本歴史地名大系 「尾岐窪村」の解説

尾岐窪村
おまたくぼむら

[現在地名]会津高田町尾岐窪

みや川と東尾岐ひがしおまた川の合流点にあり、西はかぶと村、南の東尾岐川上流は東尾岐村。西四〇間に小名西窪にしくぼがある。天文三年(一五三四)七月晦日の蘆名盛舜判物(仁王寺文書)に「大沼之内おまたの村仁王寺門前」とある。この尾岐村は明治二二年(一八八九)成立の尾岐村の地域をさす広域呼称と思われる。近世は会津領から寛永二〇年(一六四三)以降南山御蔵入領で、冑組に属した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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