日本歴史地名大系 「屋山保」の解説 屋山保ややまほ 福岡県:行橋市矢山村屋山保平尾(ひらお)台南麓、行橋平野の西端、現大字矢山(ややま)一帯に比定される宇佐宮弥勒寺領庄園。鎌倉時代初期とみられる弥勒寺喜多院所領注進状(石清水文書/大日本古文書四―二)に「屋山福丸七丁」とみえる。弥勒寺領は本家である山城石清水(いわしみず)八幡宮社務坊の善法寺家に相伝されており、元応元年(一三一九)八月日の弥勒寺権別当方祗候人数等定書(同文書/鎌倉遺文三五)によれば、善法寺尚清から子の通清に譲与されていた。正平一八年(一三六三)征西将軍府の給人により押妨され、弥勒寺が訴え、征西将軍府は押妨をやめるよう命じている(同年四月二三日「征西将軍宮令旨案」八幡善法寺文書/南北朝遺文(九州編)四)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by