山口龍輔(読み)ヤマグチ リュウスケ

20世紀日本人名事典 「山口龍輔」の解説

山口 龍輔
ヤマグチ リュウスケ

明治〜昭和期のスキー指導者



生年
明治15(1882)年1月20日

没年
昭和15(1940)年2月16日

出生地
秋田県横手市

学歴〔年〕
陸軍戸山学校卒

経歴
明治29年秋田市にあった陸軍歩兵17連隊に入り、次いで体育生として陸軍戸山学校に学ぶ。43年に軍を退いたのち、秋田中学校の助教授に就任。45年より、日本にスキーを輸入したオーストリアの武官レルヒの直弟子村野誠一中尉に師事し、新潟県高田や秋田県の太平山などでスキーの技を磨いた。その後、体育教師としてスキーの指導に従事。大正5年には秋田鉱専の教諭に迎えられ、県下の手形山で教え子にスキーを教えるとともに、同県のスキー普及に尽力した。教え子に三浦弥やのちに新聞記者となった武藤鉄城らがおり、大正2年には彼らを高田で開かれた第一回全国スキー大会に参加させ、武藤は4位に入賞している。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

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