山手谷村(読み)やまてだにむら

日本歴史地名大系 「山手谷村」の解説

山手谷村
やまてだにむら

[現在地名]十津川村大字山手谷

十津川筋、こみうえ村の南に立地。十津川郷のうち。元禄郷帳に初めて村名がみえる。村高三・五石、幕府領。安政四年(一八五七)の産物取調帳(十津川宝蔵文書)に杉角尺〆二〇本、檜角尺〆一〇本、椴栂松尺〆八〇本、楮一三貫目、茶一二貫目、椶櫚皮一〇〇枚、杉板一〇間、炭三〇〇俵とみえる。畔田伴存は「吉野郡名山図志」のなかで、当村の様子や玉置たまき山への道について「山手谷より玉置山へ百丁登り也。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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