山本経塚(読み)やまもときようづか

日本歴史地名大系 「山本経塚」の解説

山本経塚
やまもときようづか

[現在地名]鳳来町大字上吉田 山本平

上吉田と乗本のりもとの境にそびえる通称西にしノ山の東南尾根は、黄柳つげ川に臨んで舌状に張出しているが、その一部が高さ九〇メートルほどの小丘を形成している。この小丘は、井伊谷三人衆の一人、菅沼次郎右衛門忠久の墳墓と語り伝えられていたが、明治四三年(一九一〇)に地元民が掘削したところ、石組みの中から経筒外容器が出土した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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