コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

経塚 きょうづか

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

経塚
きょうづか

経典を主体に埋めた場所をいう。営造は 10世紀の終り頃,日本で発生し,現在も行われている。仏教的作善行為の一種で,当初は末法思想を背景に,弥勒菩薩が釈迦の入滅後 56億 7000万年して下生し,竜華樹の下で説法するときにそなえて,それまで経典を伝えたいという意図が含まれていた。しかし,そうした行為自体が作善であり,現世利益極楽往生など一般的功徳が目的であった。平安時代末期から追善供養も加わり,鎌倉時代はほとんど追善供養のために営まれたといってよい。室町時代になると廻国納経と結びついて別な発展を見,江戸時代に引継がれるとともに,その目的もさらに多様になった。埋納経典は『法華経』が多く,経典書写の材質により,紙本経塚 (紙に書いたもの) ,瓦経塚 (粘土板に錐などで書いて焼いたもの) ,銅板経塚 (銅板に彫ったもの) ,滑石経塚 (滑石に刻んだもの) ,礫石経塚 (石に書いたもの) ,貝殻経塚 (貝殻に書いたもの) などに分けている。紙本経塚は各時期を通じて最も多く,礫石経塚は江戸時代に特に多い。なお,紙本経は通常経筒に納め,これを小石室に安置し,ほかに鏡,仏具,利器,銭貨などを合せ納めて土盛りや石積みをしたものが多い。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

経塚

法華経などの経典を銅製や陶製などの経筒に入れ、さらにやきものの壺(つぼ)を使った外容器に入れて、地中に納めた埋納施設。12世紀にピークを迎え、近畿と北部九州に密集する。銅製の経筒は様々に形式分類され、地域性を反映しているともいわれる。経典は紙の紙本経(しほんきょう)が主だが、お経を瓦に刻んだものや、まれに銅板に刻んで箱に収めたものもある。

(2012-04-17 朝日新聞 朝刊 福岡全県 2地方)

出典 朝日新聞掲載「キーワード」朝日新聞掲載「キーワード」について 情報

デジタル大辞泉の解説

きょう‐づか〔キヤウ‐〕【経塚】

経文を経筒・経箱に入れて埋めた塚。後世まで教法を伝えようとし、また追善供養や現世利益(げんぜりやく)などを目的に平安中期から近世にかけて行われた。仏具などを添えることが多く、経石・瓦経なども埋めた。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

百科事典マイペディアの解説

経塚【きょうづか】

土中に小石室をつくり,経筒や経箱に経典を入れて埋納し,盛土をした塚。弥勒(みろく)出現のときまで経典を残すことを目的とする。後には極楽往生,現世利益を目的としてつくられるようになる。
→関連項目瓦経船木田荘

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて 情報

防府市歴史用語集の解説

経塚

 仏教の経典[きょうてん]を地下に埋め、土を盛ったものです。末法[まっぽう]の世に経典がなくなることをおそれ、末法が終わるまで保管することが目的でしたが、次第に極楽[ごくらく]に行けるようにというお祈りや死者の供養[くよう]目的に変わっていきます。

出典 ほうふWeb歴史館防府市歴史用語集について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

きょうづか【経塚】

経典を主体として埋納したところ。写経供養の一形態で,古来,慈覚大師円仁(794‐864)を創始者に擬しているが,確証はない。今日知られている最も早い確実な事例は,藤原道長が1007年(寛弘4)に金峰山(きんぷせん)(奈良)に埋納した例で,発見された経巻,経筒は《御堂関白記》の記事と一致している。埋めたのは紺紙金字の法華経(開結とも),阿弥陀経,弥勒経,般若心経であるが,これらの経巻が竜華の晨,すなわち56億7千万年の後,弥勒が世に出る時まで伝えられることを念じている。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

きょうづか【経塚】

〘仏〙 仏教経典を後世に残し、また極楽往生・現世利益を願って経典・経筒・経石・経瓦などを埋めた塚。上に五輪塔を建てたりする。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

経塚
きょうづか

仏教経典を供養ののち地下に埋納して小規模の封土を設けたもの。埋納顕現の直接的目的は、末法思想に基づく仏法書の保存にあるが、それは弥勒(みろく)信仰によるものであった。中国においては天台宗二祖慧思(えし)(515―577)によって始められ、日本では慈覚大師円仁(えんにん)(794―864)により中国からもたらされたといわれている。その後、埋経は平安後期に隆盛を極めたが、多くは極楽往生(ごくらくおうじょう)、現世利益(げんぜりやく)などを目的とした阿弥陀(あみだ)信仰によっている。さらに追善、逆修(ぎゃくしゅ)を目的として営まれるものも現れ、経典の永劫(えいごう)への保存目的という本来の目的より離れて、しだいに供養者自身の願望と結び付いていった。
 埋納経典としては、『法華経(ほけきょう)』『無量寿経(むりょうじゅきょう)』『阿弥陀経』『弥勒経』『般若心経(はんにゃしんぎょう)』『大日経(だいにちきょう)』『金剛頂経(こんごうちょうきょう)』『理趣経(りしゅきょう)』などがある。これらの経典は、紙に書写された紙本経(しほんきょう)、瓦(かわら)に刻された瓦経(がきょう)、銅・石に刻された銅板経・滑石経(かっせききょう)、木に書かれた(こけらきょう)、石に書かれた礫石経(れきせききょう)(一石に一字宛(あて)書かれた一字一石経)、貝殻の内側に書かれた貝殻経などがある。紙本経は経筒(きょうづつ)あるいは経箱に収納され、さらに小石室様遺構の中に埋置される例もある。そして鏡、刀子(とうす)などを悪魔除(よ)けとして添え、また銭貨、武器、装身具類などを奉賽(ほうさい)するものが多い。この紙本経は平安時代より室町時代にかけて認められるのに対し、瓦経、銅板経、滑石経は平安時代のみ、礫石経、貝殻経は室町時代以降にみいだされることが多い。平安時代の経塚は、寺院、神社の境内地あるいは霊地の眺望のよい丘陵上とか南・東斜面に営まれるのが一般的であり、さらに修験道(しゅげんどう)関係の金峯山(きんぶせん)、熊野、英彦(ひこ)山、白山(はくさん)などにも造営されている。また、室町~江戸時代の礫石経塚は、当時の集落に接する地より多くみいだされており、上部に石塔を造立しているものが多い。[坂詰秀一]
『三宅敏之著『経塚論攷』(1983・雄山閣出版)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の経塚の言及

【塚】より

…そうした境が祭場とされる場合が多く,虫送りの行事で悪神を送り出す場所が虫塚,虫追い塚と称されるのもその一例である。このほか弥勒下生信仰,末法思想を背景として,法華経を書写し土中に埋めた経塚はよく知られている。古墳【宮本 袈裟雄】。…

※「経塚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

経塚の関連キーワード岐阜県大垣市上石津町三ツ里福島県喜多方市慶徳町松舞家福島県双葉郡双葉町上羽鳥鳥取県東伯郡湯梨浜町宮内富山県中新川郡上市町黒川高知県室戸市佐喜浜町岩手県宮古市舘合町福島県須賀川市西川美馬郷土博物館上市黒川遺跡群伯耆一宮経塚四王寺山経塚米山寺経塚群奈良原山経塚安養寺瓦経塚松ヶ岡開墾場朝熊山経塚群那智山経塚日輪寺経塚武蔵寺経塚

今日のキーワード

ムガベ大統領

1924年、英植民地の南ローデシア(現ジンバブエ)生まれ。解放闘争に参加し、80年にジンバブエを独立に導いた。同年から首相、87年から大統領として実権を握り続けた。2000年以降は白人農場主の農園を強...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

経塚の関連情報