山田町領(読み)やまだまちりよう

日本歴史地名大系 「山田町領」の解説

山田町領
やまだまちりよう

[現在地名]加賀市大聖寺南町だいしようじみなみちよう

大聖寺町南東にある百姓地。大聖寺町領とともに「大正持町」(正保郷帳)として高付されたが、城下町の拡張によりしだいに町方に取込まれ、身分的には町奉行、租税関係では郡奉行の支配下にあった。寛政六年(一七九四)の御郡之覚抜書(加賀市史料)によると村高一五七石余、吉崎屋清兵衛以下一三名の保有で彼らは城下山田町の有力町人であった。「江沼志稿」では高一六六石余、一五歳から六〇歳までの男子一人につき二升とされていた鍬米は三斗六升。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む