岩橋庄(読み)いわせのしよう

日本歴史地名大系 「岩橋庄」の解説

岩橋庄
いわせのしよう

紀ノ川の南、現岩橋が荘域にあたると思われ、西に栗栖(くるす)庄、東に和佐(わさ)庄がある。応永二九年(一四二二)六月日付の雑掌実重言上状写(湯橋家文書)によると、当庄が足利義満の寄進によって山城石清水(いわしみず)八幡宮領になったこと、当時隣接する和佐庄との間に堺相論が起こっていたことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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