日本歴史地名大系 「岩橋村」の解説 岩橋村いわせむら 和歌山県:和歌山市河南地区岩橋村[現在地名]和歌山市岩橋名草(なくさ)郡に属し、岩橋千塚(いわせせんづか)のある南(みなみ)山(現大谷山)の北、花(はな)山の北東、紀ノ川南岸にあり、北西は栗栖(くるす)村。小名に梶曾(かじそ)・高柳(たかやなぎ)・出島(でじま)・北(きた)・東野(ひがしの)・峯(みね)・中里(なかざと)などがある。久安二年(一一四六)四月二九日付鳥羽院庁下文写(粉河寺御池坊文書)に栗栖庄の東限として「湯橋村西堺」がみえるが、湯橋村は当地と思われる。中世は岩橋庄の地であった。永禄五年(一五六二)七月吉日付湯河直春起請文(湯河家文書)には雑賀一揆の中(なかつ)郷のうちに「岩橋 源大夫殿」がみえる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by