岩野目沢村(読み)いわのめざわむら

日本歴史地名大系 「岩野目沢村」の解説

岩野目沢村
いわのめざわむら

[現在地名]大内町岩野目沢

いも川右岸にあり、北は小栗山こぐりやま村、西は中向なかむかい村・川倉かわくら村に接する。

慶長一七年(一六一二)進藤但馬守某日野備中守某連署状に「岩屋領岩滑村」とあるのは、岩野目沢村をさすと推定される。寛永二年(一六二五)の由利御知行之内打直分免定覚に岩野目村とあり、高一六七石八斗四升、納米七二石一斗七升一合、免四ツ三分。正保三年(一六四六)の出羽国油利郡内高目録(秋田県庁蔵)には岩野目沢村として、高一八〇石五斗三升五合、「水損所 川有」と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む