岳鍾琪(読み)がくしょうき(その他表記)Yuè Zhōng qí

改訂新版 世界大百科事典 「岳鍾琪」の意味・わかりやすい解説

岳鍾琪 (がくしょうき)
Yuè Zhōng qí
生没年:1686-1754

中国,清代中期の武将。字は東美。四川省成都の人。宋の武将岳飛の子孫といわれ,父は四川提督岳昇竜。1720年(康煕59)チベットに侵入したジュンガル軍を討ち,翌年四川提督となり,24年(雍正2)青海におけるロプサン・テンジンの反乱を平定した。翌年川陝総督となり,29年寧遠大将軍としてジュンガルとの戦いに赴き,32年失敗して罪を受けた。47年(乾隆12)大金川の討伐にふたたび起用され,大功をたてた。
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