峰青嵐(読み)ミネ セイラン

20世紀日本人名事典 「峰青嵐」の解説

峰 青嵐
ミネ セイラン

明治〜昭和期の俳人



生年
安政5年3月4日(1858年)

没年
昭和6(1931)年7月18日

出生地
肥前国唐津(佐賀県)

本名
峰 是三郎

学歴〔年〕
東京師範学校中学師範科卒

経歴
広島、岐阜、大分県の各師範学校長、学習院教授、愛媛県視学などを歴任。小倉市視学を最後に、大正11年退官した。俳句は祖父帯月、父米圃の影響で始め、内藤鳴雪と親交を結び、日本派に属した。著書に「俳句資料解釈」「峰青嵐遺稿」の他、教育関係の書がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

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