コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

島津将曹 しまづ しょうそう

2件 の用語解説(島津将曹の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

島津将曹 しまづ-しょうそう

?-? 江戸時代後期の武士。
薩摩(さつま)鹿児島藩士。調所広郷(ずしょ-ひろさと)と姻戚関係をむすんで登用され,広郷の死後も藩主島津斉興(なりおき)に重用される。嘉永(かえい)2年(1849)継嗣問題で斉彬(なりあきら)擁立派を大量処分(お由羅騒動)。3年家老となるが,4年斉彬が藩主に就任すると失脚。本姓は碇山。名は久徳。通称は別に兵庫。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

島津将曹

生年:生没年不詳
江戸後期の薩摩(鹿児島)藩家老。諱は久徳。本姓は碇山,のち島津姓を許される。調所広郷と姻戚を結んで昇進し,調所の死後も藩主島津斉興に重用された。斉興の後継争いをめぐっては,島津久光派の重鎮として活動し,島津斉彬の襲封を押さえるとともに,斉彬の擁立を求めた家中の紛議である嘉永2(1849)年の「お由羅騒動」(「嘉永朋党事件」)では,斉彬派の青年藩士らを多数処罰した。翌3年には「一所持ち」の家格となり家老に任ぜられたが,同4年の斉彬の襲封にともなって失脚した。<参考文献>池田俊彦『島津斉彬公を中心とする薩摩近世史』

(笠谷和比古)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

島津将曹の関連キーワード原文暉岡部南嶽薩摩鹿児島鹿児島汁古薩摩斎藤道歴薩摩太夫(2代)妻屋宗左衛門西俣因悦

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone