工藤則勝(読み)クドウ ノリカツ

20世紀日本人名事典 「工藤則勝」の解説

工藤 則勝
クドウ ノリカツ

明治期の司法官 大審院検事。



生年
弘化4年(1847年)

没年
大正5(1916)年1月11日

出生地
陸奥弘前(青森県)

経歴
陸奥弘前藩藩校・稽古館に学び皇漢学を修める。明治5年司法省に入り、11年判事となる。14年検事となり、東京地裁検事正、函館控訴院検事長を経て、36年大審院検事に進んだ。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「工藤則勝」の解説

工藤則勝 くどう-のりかつ

1847-1916 明治時代の司法官。
弘化(こうか)4年生まれ。陸奥(むつ)弘前(ひろさき)(青森県)の人。弘前藩藩校稽古館でまなぶ。明治5年司法省にはいり,11年判事となる。東京地方裁判所検事正,函館控訴院検事長をへて,36年大審院検事にすすんだ。大正5年1月11日死去。70歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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